特別編 クリスマス(前)時間はまだ朝から昼への変わり目の時。 季節は寒い寒い冬のある日。 今日は休日であるため、街の広場には多くの人々が行き交う。 ここはギランの中心、ギランクロス。 昨晩、かるく雪が降ったため足元、屋根の上はうすい雪化粧をしている。 真っ白な雪を踏みしめ、転びそうになる人、転ぶ人と様々だ。 そんなギランの広場に一組のカップルが訪れた。 左側に立つのは男性。頭を覆うほどの灰色バンダナを付け、その隙間から顔を出すのは白に近い銀髪、首には口元まで隠した紅いマフラー代わりのマント、全身を覆うほどの茶色いロングコート、両手をコートのポケットに入れ、風に逆らうように歩いている。 彼の逆、右側に立つのは女性。男性よりも頭一つ分背が低い彼女は、彼と同様に白に近い銀髪を肩甲骨あたりまで伸ばし、寒い風に軽くなびかせながら、大き目のマントを羽織っていた。 彼がマフラーから口元まで隠した顔を出すと思わず寒さに身体を振るわせながら、 「すっかり寒くなったな」 白い息を吐きながら隣の女性を見ると、頭一つ分低い彼女はマントの口をしっかりと押さえ風が入り込むのを一生懸命がんばっている。 しかし、前を塞げば首元が開き、口元を塞げば足元から風が入り込んでくる。 止むことのない風と彼女は戦っていた。 「あ~……」 彼は何となく理解した。 答えは百も承知なのだがその上で訊いてみた。 「寒いのか?」 すると彼女は機械のようにガクガクを顔を縦に振る。 「しょうがないなぁ」 彼はポケットに突っ込んでいた手を出す。その手には灰色よりも黒に近いグローブがはめられている。 「マントはそう着けるんじゃなくて」 男性は風除けになるように彼女の前に回り一度マントを開いた。 マントの内側は、女性らしく薄い水色のセーターに肌色に近いロングスカートという普通の格好だった。 両方ともハーバードに依頼して作ったものだな。と思い出す半面、下にそれを着けていても寒いものなのか? と、少々疑問に持ち、 「左端は右肩に、右端は左肩に巻きつけるように着けるんだよ。ほら、ここに止め具があるだろ?」 マントから顔だけを出すような形にした後は、仕上げというように首に巻いていたマントを解き、彼女の首に巻きつけた。 「ほら、これでいいだろ?」 「うん。暖か~い」 マフラーの暖かさに顔を埋め幸せそうな表情を浮かべ、 「ありがとフィール」 マフラーからひょっこりと顔を出し微笑んでいる。 「どういたしまして」 またポケットに手を突っ込みながら歩き出す。 ……ほんと、寒くなってきたな。 カレンダーの表示は十二月の下旬。 今日が終われば雪掻きを手伝わされるだろうなぁ、と思いながら彼、フィールは進んでいく。 マント越しにフィールのコートの端を掴みながら彼女、カナリアが着いていく。 二人がギランの街を歩いているの訳は朝の時間にまでさかのぼる。 メインランドのほぼ中央に位置する古城ケント。 太陽が顔を出し始めた早朝、フィールは自分の部屋で目を覚ました。 視界に写るのは白い天井だが、まだ薄ぐらい。 顔を右に向けると窓にはカーテンがはられ外の様子を伺う事が出来ない。 それでもカーテンは少し明るさを持っている。 寝ぼけ眼で左腕を伸ばし、ベッド左にあるテーブルの上から懐中時計を掴み取った。 ちょっと古ぼけた銀の懐中時計だが、まだまだ現役だ。 小さくチックチックと鳴らす懐中時計の針は七時ちょっと過ぎを示していた。 ……ちょうど起きる時間か。 いつもなら遅くても六時には部屋を出なくては行けないのだが、今日はフリーな一日。だから少し遅めに寝ていても問題は無いのだが、フリーな一日でも朝食はみんなで食べるのは掟になっている。 体を起こそうとするが、厚手の毛布が身体の上に圧し掛かっているため、重みで動きにくい。が、その分温かみがある。 ……今日も寒いだろうな。 昨晩聴いた話しでは、今日辺りから一段と寒さが強くなるとのことだった。 それを思い出すと、正直布団から出ることを断固拒否したいのだが、そう言うわけにも行かない。 温もりを振り払うように一気に布団と身体を持ち上げる。 冷たい空気が肌に刺すように刺激されるが、眠気覚ましだと思いながら布団から起きあがろうとすると、 「ニャー……」 ネコの鳴き声が聞こえた。 どこからだ? と思い辺りを見渡すが、犯人は意外とすぐ近くにいた。 フィールのすぐ左脇に丸くなった猫、こいつが犯人だ。 「なんだクロ。こっちに来てたのか」 毛並みは全部黒に統一されたオスの黒猫。まだ幼く、子供なのだが子供らしく元気に暴れまわる事は滅多にしない。今の時期は一日中温かい場所で丸くなっているのが日課だ。大人しいのか、元気がないのか良く解らないネコなのだ。 念のために一度医者に見せたのだが、健康そのものです、と言われてしまい逆に、少々運動不足ですね、と注意されてしまった。 こいつと出会ったのは秋の中頃。ちょっとしたことでカナリアが拾ってきた黒猫なのだ。 名前は固定されていない。 フィールの他にも多くのものがクロと呼んでいるのだが、誰がどのように呼んでもまったく反応しないのだ。 ちなみに他の呼ばれ方はニャンニャンやネコちゃん、ブラックなどと呼ぶ人まで居るのだ。 気に入る名前が呼ばれないだけなのか、無愛想なのか、本当によく解らないネコなのだ。 そんな無愛想でも、気づくとフィールかカナリアの傍に居るのだ。同じ黒というのに同類かと思っているのかと思い、試しにデスゲートを呼んでみたのだが、クロはまったくの無反応だった。 本当によく解らないネコだ。 そんなクロはフィールに見向きもせずに布団の中へ潜り込んで行った。 その様子に、大人でも子供でもネコはネコだな。と思いながらベッドから立ち上がった。 肌に突き刺さるような寒さにおもわず身震いを起こすと、ある事に気づいた。 部屋のドアが僅かに開いているのだ。 開いている幅は拳二つ分。どう見ても人が通れる幅でもないし、締め忘れにしても開き過ぎの幅だ。 そこでようやく理解した。 昨晩部屋の中はもちろんベッドの中にはクロの姿はなかった。 それなのにクロは今ここで、のほほんとベッドの中に潜り込んでいる。 あろうことか、このネコはちっこいくせに意外とジャンプ力だけはあるらしく、ドアの取っ手を掴みドアを開けてしまうなんとも不思議な能力を持っている。誰に教えられた訳でもないのに、こいつはドアを開けてしまうのだ。 「どうりで寒いわけだ」 ベッドへ視線を移すと、布団の一箇所が微妙な膨らみを持っている。 布団から引っ張り出して説教の一つでもしてやりたい事だが、どう考えても馬の耳に念仏、豚に真珠、ネコに小判なのだ。 仕方ないと言わんばかりにため息を吐き、寝間着姿から着替えることにした。 着替えと身だしなみを整えるだけでも三十分ぐらいを使い、その後カナリアを起こしに行き、そのまま食堂へ向かえば丁度朝食の時間となる。 部屋を出ようとする前に布団の中にいる住人に声をかける。 「クロ。朝食に行くけどお前も行くか?」 布団の小さな膨らみはもそもそと動き、布団の中からクロが顔を出し、ニャ――、と少し長めに鳴いた。 当初の頃は何を考えているのかまったく解らなかったが、最近では長く鳴けば賛成、短いなら否定、と鳴くようになっている。 クロはフィールが膝をつくのを見計らったようにベッドから飛び降りるとすぐに走ってフィールの元へ行き、飛びついた。 そのままの動きで、フィールの腕を土台のように駆け抜け、クロはフィールの左肩に乗るとすぐにマントの隙間へと突入。位置を固定し、暖かな部屋へ行くまで絶対に動かないのがこいつのあり方だ。もし、無理に剥がそうとすると爪をたて衣服に穴を空けますと言わんばかりに抵抗するし、それでも剥がそうとすると爪を立てたまま顔面目掛けてネコパンチを食らわすのだ。 半ば諦めながらフィールは肩にネコを乗せたまま部屋を後にした。 廊下に出ると余計に寒く感じた。 息が白くなっているのがその証拠だ。 その時、丁度廊下を兵士が歩いていた。 彼はフィールの姿を見るとすぐに足を止めながら姿勢を正し、 「おはよう御座いますフィール隊長!」 元気良く挨拶が放たれた。 朝から元気だな、などと不謹慎なことを考えながら、 「あぁ。おはよう」 「ニャー」 先ほど潜ったと思ったらマントの隙間から顔だけを出したクロも一緒になって挨拶を返す。 「これはこれは、クロ殿も一緒でしたか。おはよう御座いますクロ殿」 律儀にクロにも挨拶をし直す兵士に対し、クロはもう挨拶したし、と言わんばかりにまたマントの中へ潜ってしまった。 そんなクロはいいとして、たかがネコに対しても敬語を使うのはどうかと、と思っていると礼儀正し過ぎる兵士は、御前失礼します、と言って行ってしまった。 フィールもカナリアの部屋へ行くべく歩き出そうとした時、 「うおっすフィール」 よく聞き覚えのある声が聞こえた。 このまま無視して歩き出しても良かったのだが、後々うるさくなる。 だから仕方なく声のする方へ身体を向けた。 そこには、体つきは勇ましく、あろうことかTシャツにズボンという冬に悪しからず格好の男、シグザが立っていたのだ。 「おいこら! 今あからさまに嫌そうな顔をしただろ?」 図星を突かれたが、隠すような事では無い。 「今日もまた早朝訓練か? まったく朝だけはいつも早いな」 「はっはっは、毎朝サクラの熱いお目覚めで毎日すっきりお目覚めだ」 やたらと元気な声が廊下に響き渡る。 そのうるさい声でフィールの左肩とマントの隙間からクロがまた顔を出し今度は短く、ニャー、と鳴く。 肩のクロに気づいたシグザは、お?、と変な声を出しながらクロを覗き、 「よう、クロクロ。元気か?」 そんなシグザの挨拶にも関わらず、クロは再度マントの中へと潜っていった。 「はっはっは、相変わらずだな」 そんなこんなで笑いながらシグザは行ってしまった。 その後姿を見ながら、 ……バカは風邪を引かない、だったかな。 そんなこと俺には関係ないか、と思い直し、今度こそ歩みを進めた。 フィールは扉の前で足を止めた。 少しだけ古さを感じる扉。その扉の目の高さ辺りに銀のプレートが掲げられており、『カナリア』と彫り刻まれている。 フィールは右手を胸辺りに上げ、手の甲で二度扉を叩いた。 軽い音が響き、まず聞こえたのは、はぁい、という女性の声。 すぐにドアが開くかとおもったが、ちょっと待ってぇ、という声が聞こえてきた。時間にして十秒程度だっただろうか、また中から声が響き、今開けます、と、ようやくゆっくりとドアが開けられた。 中から顔を出したのは銀髪の女性。 「あ、おはようフィール」 カナリアだ。 特徴的な銀髪を肩甲骨あたりまで伸ばし、セーターとロングスカートを身に纏っていた。 「おはよう」 頭一つ分背が低い彼女を見下ろす形ではなく、首を傾け視線を合わせるようにして言葉を返す。 「まだもうちょっと掛かるから、とりあえず入って待ってて」 そう言ってカナリアはフィールを部屋に招き入れた。 フィールも断る理由が無いため応じることにした。それに肩の上にいる住人はこんな寒い廊下で待ちたくないだろう。 扉をくぐり中に入ると、大から小までのぬいぐるみの数々が―――ある訳ではない。 カナリアの部屋はいたって普通であった。 いや、『普通』という表現がどの程度で『普通』と言われるのか解らないのだが、彼女の部屋には二つの大きなタンスに、フィールの部屋と同じ型のベッド、簡単に備えついているテーブルと一組の椅子。あとは等身大程もある大きな鏡がある程度と、逆に普通過ぎて女性の部屋という実感が無い部屋であった。むしろ、この部屋に元から置かれていた家具がそのままある。 適当に座ってと言われ、部屋の中央辺りに置かれた椅子に腰を下ろすことにした。 カナリアは布団を直しているように見えるが、何かを探しているように見えた。 「探し物か?」 「うん……。ねぇフィール、クロ見なかった?」 「ああ。そいつなら――」 フィールの言葉に反応するようにマントがもぞもぞ動き、クロが顔を出て長めに鳴いた。 「あ、クロ」 クロの姿を目にしたカナリアがフィールのもとへ近づきクロを抱き上げた。 「どこに居たのよ? 朝起きたら居ないから心配したじゃない」 少し心配そうな表情を見せているが、クロはお構い無しに眠たそうな表情をしている。 「昨晩俺の部屋に入ってきたらしいぞ」 見ていた訳ではないのだが、部屋に入ってきた形跡があるため、フィールが寝る前まではどこかに居たののかなと考えるが、だいたい予想はついた。 「寝る前はここにいたのにぃ……」 案の定、クロは昨晩ここにいたようだ。 まったく、とため息を漏らしながらクロを床に下ろすが、クロはすぐにフィールの膝の上までジャンプをして飛び上がるとそのまま丸くなってしまった。 「最近のクロは冷たいな」 そう言いながらも、カナリアの視線は膝の上のクロではなく、フィールに向けられていた。 「そんなうらめしそうな目で俺を見るなよ……」 ため息混じりに視線を流し、そのまま時計を視界に入れる。 壁にかけられた古めかしい時計は小さい音を鳴らして時を刻んでいる。 ローマ数字で書かれた時間の上を黒い針がある。時間は八時ちょっと前を表示している。 「さ、探し物も見つかったし、食堂へ行くぞ」 その言葉と共に立ち上がろうとすると膝の上で丸くなっているクロは素早くフィールの肩まで飛びあがり、定位置へと入っていく。 その様子にカナリアはくすりと笑う。 「廊下で結構寒いからな、ちゃんとしていけよ」 うん、と一つ頷くとかけてあったローブを手に取り二人で部屋を後にした。 ケント城南側の一階。そこには南側の壁一面を大きな窓にした食堂がある。天気のいい日には日の光を大いに取り入れ、備えついているテラスにも出ることができる。しかし、今は冬。寒さのおかげで空気が澄んでおり、遠くまで見えるのにはプラスだがその分寒い。だから今の時期好んでテラスで食事をする人は居ないに等しい。 大き目の扉を開け、食堂に入ると中は暖かかい。 東側に設置されている大きな暖炉には大きな火が灯っている。 逆の西側には普通のテーブルとは違う装飾されたテーブルがある。そこから、 「おらぁ遅いぞ」 まず飛んできた言葉は男の低い声だった。 ほら来た、と言わんばかりの予想でシグザの第一声だ。 フィールは無視しながら、カナリアは頭を下げ、着ていたコートなどを脱ぎ、近くにいたメイドに渡し席に着く。 それと同時にクロが肩から飛び降り、床にちょこんと座った。 その様子にいつものことだと言わんばかりの事に、一番奥に座る男が笑い、 「さぁ、全員揃った事だし食事にしようか」 一番奥の男、ディルが言うとすぐに朝食が運ばれてくる。 厨房の方から何人か両手いっぱいに皿を持ち、先頭には白い服と長い帽子をかぶった料理長自ら運んでいる。 料理長はディルの横へ歩き、手に持った料理を並べると、 「本日のメニューは、東の国の料理『和食』で御座います」 テーブルに置かれる品々は白いご飯に、お湯に味噌を溶かした味噌汁、魚に塩を塗して焼く焼き魚、他にも野菜を塩漬けにしたものや、佃煮と称されるものがテーブルに置かれていく。 メイドの一人がテーブルの下にいるクロにも焼き魚を置いた。 まるで、ありがとう、と言うように少し長めに、ニャー、と鳴き食べ始める。 その様子にフィールは少し笑い、食事を始めた。 フィールはこの和食と言うものは割りと好きだった。 木でできた二本の箸というものを器用に使い、食べ物を摘んで口に入れる。少々難しいところが多いのだが、料理の味はなかなかのものだ。 特に、葉をお湯に溶かして飲む『お茶』と言うものは渋い味がまた格別なのだ。 ふと隣りを見ればカナリアは慣れない箸に悪戦苦闘中。その様子に見かねて正しい箸の持ち方と使い方を教えていると、 「食事をしながら聞いてくれ」 突然ディルの言葉が飛んできた。 「今日はみんなも知ってのとおり、二十四日、つまりクリスマスイブだ。みんな思い思いに過ごすと思うが、本日アデン城にてクリスマスパーティーが開かれるから、みんな是非参加をお願いしたい」 そうなのだ。今日は十二月二十四日。つまり、クリスマスイブなのだ。 そういえば、そうだったなぁなどと考えていると、 「はっはっは、もうそのイベントは恒例行事だな」 シグザの言葉に去年の事を思い出して見る。 確かに去年もアデンでクリスマスパーティーが行われていたが、去年のフィールは出席しなかった。理由は、 「去年ははラスタバドの勢力が大きかった為にメンツがあまり揃わなかったが、今年は大丈夫そうだな」 確かに去年の今ごろはラスタバド軍の侵攻により、城を空けている余裕が無かったのだ。そのため、各城でパーティーが行われた程度の小規模なものだった。 「それで? 開始は何時からだ?」 「夜の六時からは始まる。全員参加でいいか?」 みんなが頷く中、一人だけ首を横に振るものがいる。 ガイムだ。 彼は申し訳ないといった表情で、 「悪いが私は不参加だ。今年中に済ましておかなければ問題があるからな」 クリスマス、逆を言えば年越しを馬路かに控える日、本来ならディルはパーティーに参加せずに仕事をしなくてはいけないのだが、パーティーの方が優先なのだ。その分後が大変な事になるのだが、 「そうか……。なら、他の者は午後六時前にはアデン城に集合だ。遅れるなよ」 「了解」 朝食を終え、各自が自室に戻る中、カナリアとフィールは大型の暖炉が備え付けてあるロビーへと向かった。ケント城の各部屋には暖炉が備わっていないため、こういう皆が集まりそうな場所にだけ暖炉が備わっているのだ。 ケント城一階中央、扉を開け中に入ると大きな広間、そこがロビーになる。 ロビーには様々な人が居り、読書をする者、お喋りをする者など様々だ。 ロビーの奥には立派な椅子が置いてあり、謁見の間としても使われるのだが、ケント城主ディルがそこに座った姿は、今のところ記録されていない。 二人がここを訪れた理由は、 「ほら、クロ出て来い」 フィールの言葉と共に、マントの隙間から顔を出したクロは勢い良く飛び出し、暖炉の前へと走って行き、あらかじめ置かれている座布団の上を陣取るように突っ込み、そして丸くなった。 その様子に、カナリアはくすりと笑い、追い掛ける訳ではなく、暖炉の傍まで歩いていった。 暖炉の前にはクロ以外にも先客が居り、カナリアはその間に割り込むように入り、 「マリアさん、何をしているの?」 クロの隣り、座布団の上に座っているのは白いローブに身を包んだマリアの姿だ。その手には二本の棒を持ち、その間は毛糸で結ばれている。 「マフラーを編んでるの」 マリアは微笑みながら編み物を見せてくれた。 長く編み込まれた物はマリアの言う通りマフラーだった。 白を主とし、途中で様々な色が入り模様を作られている。 「うわぁすごぉい」 まさに芸術と言ってもいいほどのレベルだ。 見るだけでも綺麗だし、もちろん身に着けても暖かそうな代物だ。 そんな素晴らしいものに見惚れていると、 「これね。パーティーの交換用に作ってるの」 「……交換用?」 「パーティーのイベントの一つでね。それぞれ用意したプレゼントを箱に入れて、それをみんなで回していくの。それで、最後に手に持っていたものを貰うイベントなの」 「へぇ。結構楽しそうね」 誰からの贈り物なのか、解らない所が少し楽しいと思うが、 「そうなうと、私も何か用意しなくちゃいけないなぁ」 「それならカナリアさんも一緒に編んでみる?」 マリアの右手側にはバスケットが置かれており、その中には様々な色をした毛玉が置かれている。 その中から棒を二本取りだし、カナリアに差し出している。 「う~ん……私不器用だからなぁ」 「難しそうに見えるけど、結構簡単よ」 笑みを崩さずに棒を差し出してくるが、カナリアは手を振って、 「やっぱいいわ。手作りの物が一番だけど、ちょっと間に合いそうに無いから」 「そう。それは残念」 「あ、でも、今度教えてください」 その言葉にマリアは再び笑みを浮かべ、 「ええ、いいわよ」 カナリアも笑みを返し、今度は左側に視線を向けた。その先にいるのは丸くなったクロの隣りに座り、優しく撫でているフィールの姿だった。 「ねぇフィール」 声を掛けるとフィールは手を止め、顔を向け、 「どうした?」 あのね、と前置きを置き、 「フィールは何か作ったの?」 「いや、俺はお前同様に不器用だからな。毎年プレゼントは買うことにしてるんだよ」 「ふぅん。ねぇもう何か買ったの?」 「いや、まだだ。後で行こうと思っていたけど……、一緒に行くか?」 「うん」 「それなら速めに行くとしようか。おいクロ、お前も行くか?」 乗せていた手を退かしながら、丸くなっているクロに声を掛けるが、クロは首だけを上げ、ニャー、と短く鳴いた。つまり否定だ。 「そうか、なら留守番をよろしくな」 返事はせずに丸くなり、すでに寝息をたてていた。 そうして、時間は現在へ戻る ギラン市場、そこにはすでに出店が数多く並び、置いてあるし品々もプレゼント用にクラスチェンジしている。 セーターなどの衣服の数々、クリスマスケーキを売る者もいれば、豪華な料理を売っている人までいる。他にもジュエリーから素朴品と多種多用だ。 フィールは辺りを見渡し、一つ頷くと、 「これだけ出店が多ければプレゼントの一つや二つ簡単に見つかりそうだな」 簡単に見つかりそうだが、何にしようか、と悩んでいると、 「ねぇフィール、これから別行動にしない?」 「あ? 何でだ?」 「私がプレゼント買ってるとこ見て知っちゃったら面白くないでしょ?」 もっともな話しだ。マリアが作っているものは毎年同じ物だが、毎年入れ物が違うためどれに入っているのかは解らない。それにフィールも選ぶものを知られるのはちょっと面白みがないと思う。だからカナリアの提案には否定せずに受け入れることにした。 「まぁそうだな。それじゃあ、十二時まで自由行動で昼食はモーリのところでいいかな?」 モーリとはギランクロスの傍にある宿屋の娘のことだ。一階部分は食堂になっている為、結構人の出入りが多く、さらに料理も美味しいため結構人気のあるお店なのだ。 「解った。また後でね」 軽く手を振ってカナリアは人込みの中へ消えていった。 それを確認した後フィールも、 「んじゃ俺も買いに行くか」 人込みの中に向かって歩き出した。 それからフィールは一人で色々な店を覗いて見ては悩み、また店を覗いて見ては悩むを繰り返し、なかなか決まりそうも無かった。 「こりゃ、店が多すぎて逆に決るものも決らないな……」 店に並べられている雪だるまの人形を手にとって見るが、どう見てもお父さんが娘へのプレゼント用だ。 次の店に行ってみるか、と隣りの出店に行くと、 「ぃよっ! フィール」 突然声を掛けられた。 どこか聞き覚えのある声に並んでいる商品から顔を上げて見ると、そこには薄い赤い髪をはやした青年、ゾルバの姿が合った。 「……お前良く出てくるよな」 「そんなもん作者に言えよ」 「………」 そんなことより、と言い放ち、 「フィール、いいもの見せてやろうか?」 んっふっふっふ、と不適な笑みを浮かべながら勢い良く右手の甲を突き付けてきた。 「ほれ! ダイヤの指輪だ」 目の前に差し出されては視線に入れるしかいかず、見れば中指辺りに白く光るダイヤが不思議な光を放っていた。 「ほー。お前みたいな奴でも拾ってくれる人がいたのか」 「ああ? 違う違う、結婚指輪じゃないって」 確かにそうだ。結婚指輪は普通、左手の薬指に着けるのが常識。今ゾルバが着けているのは右手の中指なのだ。 「この前、海賊島へ行った時に拾ったんだよ。いいだろぉ。これはきっとドレイクの宝に違いないぜ」 右手をかざし、見惚れるように掲げ、 「あ~。売ったらいくらに成るんだろうな」 そんなゾルバをそっとして置きたいのだが、 「……ゾルバ、一つ言わせてもらうが」 「なんだよ。言っておくがこれは絶対にお前なんかに売らないぞ」 左手を被せ、必死に守ろうとしているゾルバだが、 「別に欲しいとも何も言ってないだろ」 「なら、何なんだよ」 警戒心だけは解かずに次の言葉を待っている。 そんなゾルバに対して非常に言い難かった。ここで言わないほうが本人の為かと思ったが、言う事にした。 「……それ、呪われてるぞ」 「ナニーーーーーッ!!!」 大声で叫び、次の瞬間には左手で指輪を外そうとするが、びくともしない。 「うわ! 外れない! 外れないぞフィール! 助けてくれぇぇぇ!!」 そんな悲鳴をフィールは無視して店を後にした。 「そういえば、俺もこの前砂漠でダイヤを拾ったっけ」 何日か前に、オアシスのアシュールに用があるため訪れた時、バシリスクからダイヤを手に入れたことを思い出した。そのダイヤが高級な物かどうかは、フィールの目には解らないため、とりあえず倉庫に預けていたのだ。 「ギランに来たついでだし、鑑定してもらうか」 行く先を一旦、ドワーフ倉庫へと向けた。 街には鐘の音が響き、時刻を十二時と告げている。 「あれ、もうそんな時間か」 市場を回っていたカナリアはその鐘の音を聴き、フィールとの約束を思い出す。 「確か、モーリさんのお店だっけ」 もうちょっと見て回りたいけど、思い出したように空腹感を持っている。 「午後も見て回ればいいか」 と思い直し、市場を後にした。 テレポーターの力でギランの中心へ戻ると、街は相変わらず人でいっぱいだ。しかし、今頃そんなことを問いただしても解決するとは思えない。だから人ごみは無視して、モーリのお店を目指すことにした。 さすがにお昼時と言うこともあって、お店は人でいっぱいだ。 フィールは居るかな、と思って見渡すと、窓際の席にフィールが座ってるのが目に入った。 フィールもカナリアの姿に気づいたらしく片手を挙げて招いた。 お待たせ、と言って、マントとマフラーを脱ぎ椅子にかけて腰を下ろす。 「適当に頼んでおいたけど、いいよな?」 「うん。ありがと」 そういうなり、丁度良いタイミングでウェイトレスが両手に大きなお皿を持って、 「モーリスペシャルでーっす」 テーブルに置かれた物は二人前ほどのピザだった。 ネーミングセンスはどうかと思うが、味の方は保障されている。 フィールはナイフを手に取り、ピザを切り分けながら、 「どうだ? なんか良いものは見つかったか?」 「それが、いろんなものに目移りしちゃって」 「やっぱそんなことか」 あははは、とすこし恥ずかしそうにしながら右の人差し指で頬をかく 「そうなると、午後も別行動でいいか?」 「うん」 「よし、それなら時間に余裕を持って、五時にギランクロスで落ち合おうか」 「了解」 切り分けられたピザの一片をとり、自分の皿に乗せながら、 「それから、俺はちょっと別の町に行って来るから、何かあったら連絡しろよ」 「わかった」 そう言って、ピザを口に入れた。 モーリの店を出ると二人はすぐに別れた。 カナリアは、もう一度市場に行こうと思ったが、 「とは言ったものの……、なぁんにも決まってないんだよねぇ」 ポケットから掌より少し小さ目の懐中時計を取り出し、時刻を確認する。 ローマ数字で書かれた文字盤の上の針は一時を示していた。 「落ち合うまで残り四時間……困ったなぁ」 懐中時計を納め、適当に歩き出した。 向かっている先は~~のお店が並ぶ方向。そっちに向かったところでプレゼントの品が見つかるとは思えないのだが、ある事に気づいた。 「そうだ! 解らないなら聞いてみればいいんだ」 目指す場所は丁度足が向いた先だった。 ~の店の前を通り、道を歩き、進んだ。 着いた場所は行き付けのハーバードのお店だ。 ちょうど店先にはハーバードの奥さんのが箒を持って掃いているところだ。 「こんにちはおばさん」 軽くお辞儀をしながら声を掛けると、動かしていた箒を止め、 「やぁいらっしゃい」 満面の笑みで迎えてくれた。 「今日は一人でどうしたんだい? 新しい服でも作って欲しくなったのかい?」 始めて会って以来、何度かカナリアが足を運んでいるため、すっかりお特異様という扱いだ。むしろ友達と言った方が近い気もする。 「ううん。今日はそういう事じゃなくて、折り入って相談したい事があるの」 「おやまぁ、改まって。わたしに出来る事ならなんでも協力するよ」 持っている箒を大地に立て胸を張る姿になんとも心強さを感じる。 「ありがとうおばさん。実はね、今夜アデン城で開かれるクリスマスパーティーがあってね。途中でプレゼント交換があるの。それに出すプレゼントを何にしたらいいのか悩んでて……、午前中に色々見て回ったんだけど、なかなか決らないの」 「おやおや、それは困ったねぇ」 「でしょ? でも私、今までそういうのあげた事無いから、何をあげたら喜んでもらえるか解らなくて……」 う~ん、とおばさんは少し考え込み、 「そうだねぇ。いろいろあるけど、そんなに深く考える必要は無いんじゃないかな? だいたい、そういうイベントだと誰が何をもらうのか解らないからね。イタズラっぽいものをいれるもよし、楽しませるものを入れるのも良いんじゃないかな?」 「ふ~ん……」 参考になったのかならないのか、良く解らない返答が帰ってきてしまい、逆に悩みを深くしたような感じかした。 突然おばさんが不適な笑みを浮かべた。 「ところで、カナリアちゃん」 「……はい?」 その突然の笑みに少々何かを感じながらも返事をすると、 「実は探しているのはそれだけじゃないんだろ?」 唐突な質問にカナリアは僅かに驚いた。 「本当に悩んでいるのは、フィールへのプレゼントでしょ?」 図星だった。 「ええええ!? な、なんで解ったんですか!?」 「はっはっは、伊達に女を四十年やっている訳じゃないんだよ」 いつ打ち明けようか悩んでいた事を指摘され、カナリアは耳まで真っ赤にしてしまう。 「恥ずかしがらないの。それと、わたしから言える事はたった一つだけ」 空いている左手をカナリアの肩に置き、まるで内緒話をするかのように顔を近づけ、 「大切なのは、心だよ」 「……こころ?」 「そう、心」 言いながら深く頷き、続きをゆっくりと話し始めた。 「『何をあげれば喜んでもらえるかな?』じゃなくて、いかに相手を想う気持ちがあるかどうかが大切なんだよ。一生懸命想って、考えて、それで決めた贈り物は絶対に喜んでもらえる。絶対にね」 最後にがんばれっと言うようにウィンクを飛ばす。 「心かぁ……」 おばさんの言葉で自信を持ち、深く頷く。 「ありがとうおばさん」 明るくなったカナリアの表情に、おばさんは笑みを持ち、 「どういたしまして」 と、カナリアを送り出そうとしたその時 「あ! ちょ、ちょっと待ってカナリアちゃん」 突然慌て出したおばさんの様子にカナリアは疑問を浮かべた。 「確か、アデン城のクリスマスパーティーに出るって言ってたわよね?」 「え? ……う、うん」 軽く頷くと、 「なら、ドレスはもう決めたのかい?」 「え!? ドレス!?」 唐突に現れた新たな単語にカナリアは本気で驚いた。 第一、カナリアはドレスと言うものに袖を通したことが無いのだ。持っている服も普通のものばかりでドレスに似た華やかな物など持っていないのだ。 「おやおや、もしかしてそんな格好で出るつもりだったのかい? 困った子だねぇ」 「あ……だって、そんな話し聞いてなかったし……」 そもそも考えて見れば当然の事だろう。お城でやるパーティー、逆を考えれば舞踏会のようなものかもしれないのだ。 本当に困った。プレゼントだけを買えばあとは楽かと思っていたのに、突然の大きな問題が現れてしまったのだ。下手したらこんな格好では門前払いを食らってしまうかもしれない。そうなれば一大事。 慌てた様子にもかかわらず、おばさんは余裕の表情を浮かべ、 「そうかいそうかい。それならパーティーまで少し時間はまだあるよね?」 「え? ええ、パーティーは夜の六時からって聞いてるけど……」 それだけ時間があれば今すぐ城に帰って誰かから借りれるかもしれない。そう心に決め様とした時、 「それなら今から大急ぎでドレスを作ってあげる」 「ええ!?」 おばさんの言葉に大いに驚いた。むしろ驚く事しか出来なかった。 「さぁどんなドレスがいいかなぁ。ピンクのドレスなんてどうかしら? 水色のドレスも似合いそうねぇ」 突然のことに勝手に想像を膨らませているおばさんに、カナリアは困りながら、 「あ、あのぉおばさん、実は私……持ち合わせがあまり……」 カナリアの財布の中には一万アデナほどしか入っていないのだ。ドレスと言ってもピンからキリまであるが、一万アデナで買えるとは到底思えない。しかも、まだプレゼントは決っていない。 しかし、そんなカナリアをよそに、おばさんは再び不適な笑みを浮かべながら、 「あら? わたしがそんなことを気にする人に見えて?」 「……見えません」 商売する人がそんな心意気で大丈夫なのかと心配をしながらも、カナリアは正直に答えた。 「そうでしょそうでしょ」 その返答に満足したのか、上機嫌で、うんうん、と頷き、 「そうと決まれば早速寸法測らなくてはいけないね。さぁ奥へいらっしゃい」 ここまで話が進んでは、断るのも失礼だし、断り切れない。あまり乗り気ではないまま、カナリアは奥へと入っていった。 それから大急ぎで必要な寸法を測り、おばさんの手際の良さで十分と掛からず、「大急ぎで作るからね。えっと、パーティーは六時からだっけ? 完成したらアデン城へ持っていくから。安心おし、絶対に間に合わせるから。おーい、ハーバード! 大急ぎの仕事だよ!」と言って店の奥へと入っていったのだ。 「あ~あ~、大きな借りを作っちゃったなぁ。今度給料が入ったらちゃんと返さないと」 もう言葉に並べれば言い切れないほど感謝の言葉を並べに並べて、おばさんの言葉を思い出す。 「『カナリアちゃんはそれまでにプレゼント選んできちゃいな』か……」 もう一生あの人の前では顔を上げられないななどと考えつつ、 「大切なのは『心』かぁ」 はっきり言うと、まだこれと言った物が思い付かない。だけど、考えているばかりでは何も始まらない。 「よし! がんばるぞぉ!」 時刻は二時を示している。待ち合わせまで残り三時間。 ジャンル別一覧
人気のクチコミテーマ
|